とても過酷だった営業の仕事

私は大学時代文学系の学部だったので、これといって活かせる専門分野がなく、結果的に営業職として就職しました。

私が就職したのはいわゆる総合商社で、儲かることなら何でもするという感じの会社でした。

正直なところ実力主義なので、成果を上げればそれなりに給料ももらえましたし、特に不満などはありませんでした。

ただ成果をあげるために、ほとんど休みをとらず、また残業時間などは、新聞などで書かれているサービス残業時間をも上回るほどのものでした。

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そんな私が仕事を辞めようと思い始めたのは、結婚して子供ができてからです。

私は子供が大好きで、自分自身も親からたくさん遊んでもらったのを今でも覚えています。

しかし今のままの仕事続けていては、子供に自分と同じ思いをさせてあげることができないと考えたのです。

もちろん会社にそのことを相談することも検討したのですが、職場には独身が多く、まして結婚をして子供がいるような人はほとんどいませんでした。

仕事を辞めることを決心してからも、5ヶ月ほどは仕事を続けて、今の仕事に転職しました。

今でも総合商社で営業をした事はとてもいい経験だと思っています。

ただもし家庭を大切にしたいと思うのであれば、家族や子供のいる社員が多い会社を選ぶのも、会社選びの1つのポイントかなというふうに思います。

大学を卒業してすぐに、医療関係の器具を扱う会社に就職しました

就職活動をしていた頃から、会社の人とは仲良くなれていたし、小さいながらも活気のある会社だったので、卒業して就職してから、活躍できることと楽しみにしていました。

部署の配置が決まるまで、新人研修を行われそれぞれどのような仕事が向いているのか適正テストが行われました。

営業部の部長から、見込みがありそうだからと集中的に、色々教えてもらうことが多くあり、その後、部長の手伝いという形で、営業部に配置されました。

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営業部には、社員が8人ほどいて、女性は私だけでした。

部長と毎日同行して仕事を覚えていましたが、そのうち仕事とは別に部長との付き合いも誘われるようになりました。

営業部そのものは自分たちの仕事をこなすのが主な仕事内容で、周りと協力したり、付き合いを深めたりということは全くありませんでした。

しかし、私には、アフターファイブのご飯や付き合いをしつこく誘われて、しかも、二人だけで仕事をしているので断れば明日からが気まずいという思いがありました。

部署のほかの先輩たちに、相談できる人もいないし、会社に入ってからは部長以外の人と話す機会さえあまりありませんでした。

部長は、自分の直属の部下なので自由に使っていいと思い込んでいるし、社会人になったばかりでこんな目に遭うなんて本当に嫌でたまりませんでした

半年我慢して人事部にも相談しましたが取り合ってもらえず、ついに会社を辞める決心をしました。

会社を半年で辞めたというレッテルだけが残り悔しいやら情けないやらでしたが、今思えばあのまま部長といたらもっとひどい思いをしたのだろうと思います。

私がやっと決まった営業マンの仕事を半年で辞めたのは今から6年前のことでした。
それまで勤めていた営業事務の会社を2年で契約切れのため退職し、職業訓練校に行った後で年末に決まった会社でした。

最初は面接で「うちの会社は地方への出張もあるし、新規開拓先を開拓しなければならない会社だけど大丈夫?」と言われましたが、その時点で他に職もなかったので「大丈夫です」と答えたのが間違いの原因と気づいたのは1ヶ月後でした。
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最初はにこやかにしてくれていた上司や先輩が入社後2週間で豹変し、1ヶ月経つ頃には私は社内で味方が誰もいない状況に追い込まれることになりました。

地方への出張時も上司が付いて来て、助手席で暴言を言い、会社に帰れば先輩からの突き上げが異常なまでにあり、その会社がほぼ新規開拓で成り立っており、次々と成績を上げなければ、途端に社内での居場所を失われる実力主義の会社だと判明した時、私は退職を決意しました。

その後、体調と精神状態を崩した私に会社は即、退職勧告をし、半ば社内イジメに遭うような形で退職しました。

それから私は在宅で仕事を始め、現在では非常に安定した生活を送れていますが、世の中には就職活動をしている人間を食いものにする常識外の会社が口を開けて待っているのだということを忘れてはならないと思いました。